阪神背番号25・28の歴代選手一覧!助っ人外国人や渋い働きを見せる選手たち

阪神背番号25・28の歴代選手一覧!助っ人外国人や渋い働きを見せる選手たち 背番号

阪神タイガースの背番号20番台後半は、チームを陰で支えるいぶし銀の選手や、強力な助っ人外国人選手が背負うことが多い、非常に興味深い番号帯です。

特に「阪神タイガースの背番号25」と検索して歴代選手を調べると、長打力を期待された大砲から、チームの精神的支柱となったベテランまで、多士済々な顔ぶれが並びます。

また、関連して検索されることが多い「背番号28」も、中継ぎエースや期待の若手投手が背負い、鮮烈な印象を残してきた歴史があります。

この記事では、阪神タイガースの背番号25と28の歴代選手を振り返り、それぞれの番号が持つ系譜と、ファンを魅了した渋い働きについて網羅的に解説します。

往年の名選手から記憶に新しい助っ人まで、タイガースのディープな歴史を知ることで、甲子園での観戦がさらに奥深いものになるはずです。

【阪神タイガース 背番号 25】長打力とチームを支えるベテランの系譜

期待の大砲と助っ人外国人選手たち

【背番号25】期待の大砲と助っ人

記憶に残る助っ人・ブラゼルと江越大賀の長打力

「阪神タイガースの背番号25」の歴代選手の中で、ファンに強烈なインパクトを残した助っ人外国人といえば、クレイグ・ブラゼル選手です。

2009年のシーズン途中に加入すると、持ち前の豪快なスイングでホームランを量産し、2010年には自己最多の47本塁打を記録するなど、猛虎打線の中軸として大活躍しました。

なお、ブラゼル選手が2010年に記録した47本塁打は、同年のセ・リーグ本塁打ランキングで2位となる驚異的な数字であり、日本野球機構(NPB)の公式記録にその長打力が見事に刻まれています。

■出典リンク
NPB.jp 日本野球機構(2010年度 セントラル・リーグ 個人打撃成績)
https://npb.jp/bis/2010/stats/bat_c.html

ブラゼル選手の退団後、この番号を受け継いだのは、類まれなる身体能力と長打力で「和製トラウト」とも呼ばれた江越大賀選手です。

確実性に課題を残しレギュラー定着には至りませんでしたが、当たればどこまでも飛んでいく豪快なホームランと、広い守備範囲を誇る外野守備で多くのファンを魅了しました。

背番号25は、ブラゼル選手や江越選手のように、チームに長打力をもたらすロマンあふれる選手が背負う番号としてのイメージを強く残しています。

マルテから渡邉諒へ受け継がれる「打のキーマン」

【背番号25】「打のキーマン」への系譜

江越選手が背番号を変更した後、背番号25を背負ったのは、選球眼の良さとシュアな打撃で貢献したジェフリー・マルテ選手です。

マルテ選手は、確実な出塁と勝負強いバッティングで打線の潤滑油となり、ホームランを打った際の「ラパンパラ」ポーズはファンの間で大流行しました。

そして2023年からは、北海道日本ハムファイターズからトレードで加入した渡邉諒選手が背番号25を背負っています。

「直球破壊王子」の異名を持つ渡邉選手もまた、パンチ力のある打撃が持ち味であり、マルテ選手から「打のキーマン」としての役割をしっかりと引き継いでいます。

チームの精神的支柱となったベテラン選手

【背番号25】精神的支柱となったベテラン

新井貴浩が魅せた「泥臭く熱いプレー」

背番号25を語る上で絶対に外せないのが、広島東洋カープからFAで移籍し、後にチームの精神的支柱となった新井貴浩選手です。

阪神移籍1年目こそ背番号28でしたが、翌年から長年愛着のある25に変更し、持ち前のフルスイングと全力疾走でファンを熱くさせました。

NPBの公式記録にもある通り、新井選手は2007年オフにフリーエージェント(FA)権利を行使して阪神へ移籍しました。

阪神時代も安定して試合に出場し続け、通算2000本安打という偉業達成の礎となる活躍を見せました。

■出典リンク
NPB.jp 日本野球機構(個人年度別成績:新井貴浩)
https://npb.jp/bis/players/01103888.html

チャンスでの勝負強さはもちろんのこと、時に見せる三振やエラーでさえもファンの心を掴み、愛されるキャラクターとしてタイガースに欠かせない存在となりました。

新井選手が背番号25をつけて泥臭くプレーする姿は、タイガースファンの記憶に今も鮮明に焼き付いています。

渋い働きで貢献した山本和作やベテラン捕手

新井選手や助っ人外国人選手のような派手さはないものの、背番号25はチームの屋台骨を支える渋い選手たちも背負ってきました。

例えば、内野のユーティリティープレイヤーとして活躍した選手などは、限られた出番の中で確実に仕事をこなす職人肌の選手でした。

また、時代を遡れば、チームの頭脳として投手陣をリードしたベテラン捕手がこの番号を背負っていた時期もあります。

背番号25は、長打力を誇るスター選手だけでなく、チームの勝利のために身を粉にして働く、いぶし銀の選手たちによっても彩られてきた番号なのです。

【背番号28】中継ぎエースと期待の若手投手の系譜

勝利の方程式を担ったリリーフエースたち

「最強の中継ぎ」福原忍の長きにわたる貢献

【背番号28】勝利の方程式を担ったエース

「背番号28」と聞いて、多くの阪神ファンが真っ先に思い浮かべるのは福原忍投手です。

キャリア初期は先発として活躍し、二桁勝利を挙げるなどチームの主力として腕を振りましたが、福原投手の真骨頂はベテランになってからの中継ぎ転向後にあります。

重いストレートと多彩な変化球を武器に「勝利の方程式」の一角を担い、最優秀中継ぎ投手のタイトルを2度獲得するなど、長きにわたってブルペンを支え続けました。

実際に福原投手は、2014年に42ホールドポイント、2015年に39ホールドポイントを挙げ、2年連続でセ・リーグ最優秀中継ぎ投手賞を受賞するという輝かしい功績をNPBの歴史に残しています。

福原投手が背番号28をつけてマウンドに上がるだけで、ファンは「これで勝てる」という安心感を抱いたものです。

小野泰己から鈴木勇斗への継承と期待

【背番号28】若手への継承と期待

福原投手の引退後、背番号28は期待の若手投手へと受け継がれていきました。

150km/hを超える速球を武器に、先発として期待された小野泰己投手がこの番号を背負い、一時期はローテーションの一角として活躍を見せました。

そして現在は、ドラフト2位で入団した左腕・鈴木勇斗投手が背番号28を背負っています。

出どころの見えにくい独特なフォームから繰り出すクロスファイアを武器に、かつての福原投手のような、チームを救う貴重なリリーフ左腕への成長が期待されています。

背番号28は、タイガースのブルペンを強固にするための、重要なピースとなる投手が背負う伝統を持っています。

印象に残る先発投手と助っ人たち

【背番号28】助っ人投手とちょっとしたトリビア

メッセンジャーの前の「28」を背負った助っ人

背番号28は、リリーフ投手だけでなく、期待されて入団した助っ人外国人投手が背負うこともありました。

例えば、阪神の歴史に名を残す大エースとなったランディ・メッセンジャー投手も、入団当初の2010年は背番号28を背負ってプレーしていました(翌年から54に変更)。

他にも、先発ローテーションの一角として期待された外国人投手がこの番号をつけるケースがあり、チームの浮沈を握る重要なポジションを任される番号であることがわかります。

新井貴浩の「阪神1年目」の背番号

先述の通り、新井貴浩選手が広島から阪神へ移籍してきた1年目(2008年)に背負っていたのも、実はこの背番号28でした。

当時の阪神は背番号25が空いていなかったため、一時的に28を着用してプレーし、翌年から馴染みのある25へと変更しています。

野手が背番号28を背負うのは珍しいケースでしたが、新井選手がこの番号をつけて甲子園を沸かせた1年間は、タイガースの背番号史においてちょっとしたトリビアとして語り継がれています。

阪神タイガース背番号25・28の歴代まとめ

この記事では、「阪神タイガースの背番号25」と関連する「背番号28」の歴代選手について、その系譜と活躍を詳しく解説しました。

背番号25は、ブラゼル選手や新井貴浩選手のように、長打力と情熱でファンを魅了した選手から、渡邉諒選手のように打のキーマンとして期待される選手まで、打線の核となる系譜を持っています。

一方の背番号28は、福原忍投手という偉大な中継ぎエースの印象が強く、現在も鈴木勇斗投手のようなチームの勝利を支える重要なピースとなる投手に受け継がれています。

これらの20番台後半の番号は、決して派手なエースナンバーではないかもしれませんが、タイガースが勝利を掴むために絶対に欠かせない「仕事人」たちが背負ってきた伝統があります。

甲子園に足を運び、あるいはテレビで試合を観戦する際は、こうした渋い背番号を背負う選手たちのプレーにもぜひ注目してみてください。

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